2022年上半期 結果発表!

黄先生@カッパ連合会さんが選んだ「すごいエロVR」 2022年上半期

黄先生@カッパ連合会さんが選んだ「すごいエロVR」 2022年上半期

推薦作品 1
ジャケット画像【VR】もう…イカせてください。男性嫌いの淑女を女性エステティシャン限定店舗で何度も…何度も…悶絶させました。 有岡みう

メーカーKMP

監督川野流

出演有岡みう

得票数2   (他のレビューを見る

諸君、ごきげんよう。
先祖は寄生虫でお馴染みの、黄先生です。

最近、レビューを書くにあたり、私の書く文章はレビューには程遠く感想文と称しているが、どうにも心に引っ掛かっているものがある。
『私達が一般的に想像し得る「AVレビュー」』という、非常に強い言葉だ。

私にはその一般的なレビューなるものがセンスの問題で書けないのだが、どうにも器の小さい私にはFANZAレビュアーに対する挑発に思えてしまう。
ということで跳ね返す自信はないが、その挑発を真正面から受け止めてみようと思う。

さて、本日ご紹介するのはこちらの作品。
もちろん有岡みう女史の出演作品、
『もう…イカせてください。男性嫌いの淑女を女性エステティシャン限定店舗で何度も…何度も…悶絶させました。』だ!

2022年5月の月間最優秀尻子玉賞を受賞した作品です。

正直に言うと本作は、一般的にオススメなのか私には判断がつき難い。

このエロを読んでいるヴイアルニストの中にいるのかはわからないが、いわゆる有岡一族と呼ばれる有岡みう女史に忠誠を尽くしている方々には、両手を上げてオススメしたい。
有岡一族の中でもコアな有岡一族にはよりオススメだ。

エロマッサージモノである本作の見どころは、常につきまとう『もどかしさ』だ。
まーもどかしい。
もどかしいといえばマイナスのイメージを感じてしまうが、なかなかどうしてこのもどかしさはプラスに作用している。

順を追って解説していこう。

まずは冒頭の問診のシーンである。
AVだから、いや、アダルトVRだからこそ許される距離感の有岡女史がもどかしい。
普段ならかわいい顔してちゅーをしてくれる距離なのだが、有岡女史は問診を受けながら時折まるで汚物でも見るような視線を時折向けてくる。

それもそうだ。
アダルトVRであるものの、有岡女史はマッサージを受けにきただけでこの時点ではエロ要素は一切ないのだ。
それを踏まえると私のアバターである彼は、単にやべぇヤツである。
研修と称して問診を見学中との設定であるものの、有岡女史のパーソナルスペースへ堂々と侵入である。
そりゃ有岡女史も怪訝な顔しますよね。
それなのにイスの位置を調整しもう一歩前にでてきてくれる有岡女史が愛おしい。

この問診のシーンには、有岡一族的に最も重要な見どころが含まれている。
そのルックスからふわふわお姉さんと思われがちだが、実はよく喋り、よく笑う男前お姉さんであり、意外としっかりしていながらも、大事なところでポンコツを発揮してしまうのが有岡女史だ。

問診で職業を尋ねられた有岡女史はナースと答える。
なぜか有岡女史はナース役が多い。本作もそうだがナースが一切関係ないとしても。
もし、これを読んでる方に監督さん、メーカーさんがいましたら有岡女史のくのいち姿を一度でいいのでおみまいしていただけないでしょうか?
何卒、何卒よろしくお願いいたします。

話がそれてしまいました。申し訳ございません。
ナースと答える有岡女史に『このご時世大変ですね』
と、マッサージ師のお姉さんが言うのだが、我々有岡一族の族長、有岡みう女史は、『一日中立ちっぱなしなもので』
と、答えてしまう。

ね?ポンコツっぷり発揮しちゃってますよ。
このご時世って言ってるのにそんな返答をしてしまう有岡女史がもどかしくも、非常に愛おしい。

その後の問診でもAV的な質問に不審に思いながらも答えてしまう有岡女史がもどかしい。
施術着だと渡されたマイクロビキニにも不審に思いながらも着替えてしまう有岡女史がもどかしい。
施術室に通され肌も露わなマイクロビキニ姿であるものの、アバターである彼に相変わらずパーソナルスペースへの侵入を不審に思いながらも許してしまう有岡女史がもどかしい。
あれこれ不審に思うものの、無料という魔法の言葉に乗せられ、帰りますとは言わない有岡女史がもどかしい。
いよいよアバターである彼の出番かと思いきや、マッサージ師のお姉さんからバトンがなかなか回ってこないのがもどかしい。
目の演技に定評のある有岡女史に容赦なくアイマスクを装着してしまうことがもどかしい。

とにかくだ。ことごとくもどかしさをおみまいしてくるのだ。

そんなもどかしさを感じている私のことなどお構いなしに、当たり前だがお話は容赦なく進む。

アダルトVRという4DX以上の体感的な体験の中で私は蚊帳の外に追いやられる。
私のアバターである彼にできることは、有岡女史のパーソナルスペースの中で有岡女史を見ることだけである。
実際、2DだろうがVRだろうが私自身ができるのは見ることだけなのだが。

いよーし!見るしかできねぇつってんなら、じっくり見ちゃうぞぉ!僕は!
そっちの都合なんて知りませんよぉ?僕はねぇ、こんな時には容赦を知らない男ですからねぇ。

容赦なくガン見することで気がつく。
まぁ、普通に見てても気がつくのだが。
いまだかつてここまで有岡女史の各所パーツを見せてくれた作品があっただろうか?
いや、ない。

自他共に認める有岡女史のやべぇファンであるこのオレが言うのだ。間違いなどあろうはずがない。
そりゃさすがの有岡女史もオレのやばさには思わず引き攣り笑いであろう。
これからもえこひいきをビシーっとおみまいする所存でございますので、有岡女史には今しばらくお付き合い願いたいものです。

話を戻して。
今までここまで有岡女史のパーツパーツをじっくりとこだわりと共におみまいした作品はない。
有岡女史のパーツといえば、どうしてもその大きな有岡女史の有岡女史がフィーチャーされがちになる。
無論、私もご多聞に漏れず有岡女史の有岡女史は大好物である。

しかしだ。私が常日頃から口を酸っぱくして、それこそ川越で買った梅ジャム並みに口を酸っぱくして言い続けてきたのは、有岡女史のルックス的な魅力は、なにもその有岡女史の有岡女史だけじゃあないぞってことである。

有岡女史の手の指が長くて綺麗なことは、有岡一族ならずともご存じのことだろう。
実は足の指も長くて綺麗なことを、本作は教えてくれる。
足の裏にあるホクロの存在をも教えてくれる。

まぁ、オレくらいになるとこれ見る前から知ってるんだけどね。

思い起こすと問診のシーンでは横顔美人の有岡女史の横顔をじっくり見せてくれていた。

それよりも!
FANZAのレビューにも書いたのだが、アイマスクをしたことにより有岡女史の唇の魅力がマシマシになっている。
まさに、真っ赤な薔薇はあいつの唇なのだ。
知ってるかい?有岡女史の唇ってプルンップルンなんだぜ?

それよりもなによりも!
BCGですよ!BCG!
かつてこれほど高精細に有岡女史のBCG痕をここまで見せてくれたVR作品があっただろうか?
いや、ない!
このオレが言うのだから間違いない!

もどかしさの中で、いやもどかしいからこそ、あれもこれもそれも、えっちなトコもえっちじゃないトコも有岡女史のパーツの数々を高精細で見せてくれていることに気が付ける。
これはもうコアな有岡一族へ向けられた、有岡みう図鑑といっても過言ではない。
これはまたえげつのないモノをおみまいされてしまいました。

最後のまとめとして、
このエロVRは【コアな有岡一族向けの有岡みう図鑑というまったく新しい試みをおみまいしてくれたから】すごい!
で、いかがでしょうか?

せっかくのこのエロで、有岡女史へのえこひいきをほとんどしていないことに気がついてしまった私には、有岡みう図鑑のどこかのページに有岡女史の主食として載るであろう尻子玉を差し出すしかできなかったのである。

そして、結局私には、『私達が一般的に想像し得る「AVレビュー」』から裸足で逃げ出し、訳のわからない話でお茶を濁すしかできなかったのである。

メッセージ

前回のオールタイムベストの発表後、アダルトVR作品を映画になぞらえたら?といった議題があがりました。
どなたが最初に発言したのかは記憶があやふやなのですが、特に深い意味もなくカジュアルに発言されたものだと思います。
最終的には、
アダルトVR作品でのバック・トゥ・ザ・フューチャーとはなにか?
アダルトVR作品でのタイタニックとはなにか?
などの話になりましたが、結局答えがでないままに会はお開きになりました。

恐らく、誰も覚えてはいないだろうけど、どうも私の心にこの件が引っかかっている。
果たしてアダルトVR作品を映画になぞらえることは可能なのかと。
私の頭にぼんやりと浮かぶ文章とはまだ呼べない、言葉の羅列を今回は出力してみたい。

前もって、私は信仰上の理由でアダルトVR作品の視聴に偏りがあり、サンプル数がこのエロのヴイアルニストのアニキ達に比べると非常に少ないとこをお伝えしておきたい。

まずは、アダルトVR作品でのバック・トゥ・ザ・フューチャーとはなにか?について検証する前にバック・トゥ・ザ・フューチャーとはなにか?の検証が必要であろう。

このバック・トゥ・ザ・フューチャーには縛りがある。
1985年の公開当時のバック・トゥ・ザ・フューチャーの評価ではなく、2022年現在の評価での検証といった縛りだ。

2022年現在、私もすっかり大人になり、頭もどんどん悪くなってきているうえに、めんどくさいことはもうしたくないもので、好きな映画はなんですか?の質問に平気でバック・トゥ・ザ・フューチャーと答えられる。
だが、血気盛んだった10代、20代の頃はバック・トゥ・ザ・フューチャーとは答えられなかった。
映画好きを自称するなら、バック・トゥ・ザ・フューチャーとは口が裂けても言えないのだ。

たった今、めんどくさいことはもうしたくないと宣言したばかりではあるが、少々めんどくさい話をさせていただきたい。
乱暴な言い方になってしまうが、バック・トゥ・ザ・フューチャーなんて、最近流行りのバカが見て喜ぶご都合主義の異世界転生みたいな話である。
80年代から50年代にタイムスリップして歴史修正する話だ。
たとえ、父親はマヌケで、母親がアル中だとしても、その30年間のあれやこれを全部なかったことにして、ハッピーエンド、めでたしめでたしにしてしまう話だ。
ピカピカのかっこいい4WDが手に入りました。よかったですね。で、いいのだろうか?

お母さん、お父さんは恋をして結婚して、子供も3人作って、85年現在、くそみたいな貧乏生活だとしても、いいことも悪いことも全部ひっくるめて2人の人生だったはずだ。
見た目は同じでも中身が全然違う成功者が両親だって言われて、納得できるのだろうか?
本当の家族はタイムラインのパラドックスに飲み込まれて消えてしまったのに、主人公であるマーティはそれをあっさりと受け入れるが、私にはホラーにしか見えない。

更にタチが悪いのがパート2である。
前作で歴史修正をしてお金持ちの家の子供になりました。めでたしめでたし。で終わったはずが、他人が歴史修正してお金持ちになったのが、許せねぇってそれを阻止する話だ。
自分はいいけど他人は許せねぇっていかにも、アメリカ的ですねぇ?

続くパート3はバック・トゥ・ザ・フューチャー史上最もタチが悪い。
パート1、パート2で感じたモヤモヤなんかを吹き飛ばしてしまうスピード感が非常にズルい。
見ている側に、考える余裕なんかあたえないスピードでストーリーがガンガン進む。
まさに、時速88マイルのスピード感だ。
ラストシーンの
『当然だ、人間の未来は白紙だって言う事だ。未来は自分で作るのだ。君たちもいい未来を作れ』
のドクのセリフ。
今までのストーリーからは大いなる矛盾を孕んでいるが、そんなことはどうでもよく感じてしまうほどに卑怯で爽やかなセリフからの、
『どこへ?未来へ戻るのかい?』
『あそこにはもう行ったよ』
そんな掛け合いから、ガルウィングの蒸気機関車をタイムマシンにトランスフォームさせて、空まで飛ばされちゃったら、すずむし並みの脳みそしか搭載されていない私には、いい映画だった!としか思えないのだ。

ドクとクララ先生、その子供たちはその後、どこに行ったのかと妄想する余地までを私にくれている。
ドク一家はきっと、月に行ったんだろう。
だって作中でクララ先生が、『いつか列車に乗って月に行ける時代がきたらいいわね』って言ってたから。
そんな妄想までさせてくれちゃったら、なんだかんだ言ってもバック・トゥ・ザ・フューチャーはいい映画だって思わざるを得ない。
終わりよければすべてよし!である。

マーティとジェニファーの未来を妄想するのはやめておこう。
ステキな未来なんか見えるはずもない。

以上のことから、私のバック・トゥ・ザ・フューチャーに対する評価としては、めんどくさいことを考えちゃうとろくでもないし酷い映画ではあるが、脳みそ空っぽで見たら、よくできているしすごく楽しい映画だ。

さて、アダルトVRバック・トゥ・ザ・フューチャー問題に挑むためにバック・トゥ・ザ・フューチャーをここまで分解してみました。
これを踏まえて検証していこう。

ここで大きな障壁となるのがやはり2022年現在での評価での検証である。
1985年だったらこんな簡単な問題もない。
月初めにやってくる諸葛亮先生も『鶏を割くに、いずくんぞ牛刀を用いんや』を連発するであろう。

諸葛亮先生に苦言を呈されながらも、手始めに1985年での評価で検証をしてみよう。

TVドラマで大人気のアイドル俳優、マイケル・J・フォックスが満を持してスピルバーグのプロデュースでハリウッドへ進出。結果大ヒット。
言ってしまえば、当時はアイドル映画だったのだ。
これをアダルトVR作品になぞらえるのは赤子の手をひねるようなものだ。

2D作品で大人気の女優、○○さんが満を持してVR作品に進出。結果大ヒット。
こんなのはこれを読んでいるヴイアルニストのアニキ達なら、5本10本すぐに並べてくれるだろう。

しかし、こんな簡単な問題ではおもしろくもなんともない。
あえて2022年縛りを課したポポロのアニキは、ここまで洞察していたことなのでしょう。
おかげで私の頭髪も背水の陣でございます。

2022年現在、マイケル・J・フォックス目的でバック・トゥ・ザ・フューチャーを見る人は限りなく0であろう。
ほとんどが、バック・トゥ・ザ・フューチャーのストーリー目的で見ていることは確かだ。

なので検証する為のポイントは、
①元々はアイドル映画でヒットしたが
②時と共にアイドル成分は薄くなり、今ではストーリー目的で皆に愛されている
③だが、映画好きを自称するなら高評価はし難い

これをアダルトVR作品も当てはめてみよう。
①人気女優さんが初めてのVR作品に出演してヒット
②女優さん人気以外の部分でシコリティが高いことが判明してロングヒット
③でも、このエロに参加しちゃうくらいのヴイアルニストからしたら、『あ〜あれ?確かに売れたみたいねぇ?ボクも見たけどさ、あんまピンとこなかったね』なんて言われちゃう作品

うん、難しいね。
①はいくらでもあるだろう。
だが、①と②がどうにも繋がらない。
②の女優さん人気以外の部分が難しすぎる。
恐らくは、誰も見たことのないような、演出や手法で撮影された作品なのであろう。
果たして人気女優さんのVRデビュー作でわざわざそんな実験的な作品を撮影するであろうか?
とりあえずデビュー作は、女優さんの人気におんぶにだっこにおせっくすの、言い方が悪いが当たり障りのない極々普通の作品にするだろう。
もし、人気女優さんのVRデビュー作で誰も見たことがないような実験的な作品があって、それがヒットしたとしたらどうだろう?
このエロ参加のヴイアルニストのアニキ達はそんなのが大好物ではなかろうか?
よくもまあ、○○さんのVRデビュー作でこんな画期的な作品を撮ってくれたと絶賛するだろう。
きっと張本さんもあっぱれ!をくれることだろう。
そう、②と③も繋がらないのだ。

400字詰め原稿用紙にして10枚ほど書き進めきたのだが、ここまでの検証は失敗だったと認めざるを得ない。
検証の切り口を替えてみよう。

ええ、ウンザリしてるでしょうけど、まだやりますよ。
答えはでなくても、なにかしらの光明は必ず見つける。
刮目せよ!これが日本男児の最高峰たる有岡一族の矜持である!

一旦バック・トゥ・ザ・フューチャーのことは、置いておき違う角度からヒントを見つけてみよう。

と、いった具合で私の好きな映画のジャンルになぞらえて検証してみようと思う。
私の好きな映画のジャンル、ベトナム戦争映画から3本ピックアップしてみよう。
①フルメタル・ジャケット
②地獄の黙示録
③ランボー

皆さんに人格を疑われるのを覚悟の上で宣言させていただく。
私は上記のベトナム戦争映画鑑賞の際には、反戦だとか戦争の悲しみとかそんなヒッピームーブメントのような感覚は持ち合わせていない。

敢えて言おう!イカれた軍人が見たいだけだ!

フルメタル・ジャケットのハートマン軍曹!
地獄の黙示録のキルゴア中佐!
ランボーのジョン・ランボー!(階級不明)

有岡女史に怒られる覚悟で敢えて言おう!
私にとって、イカれた軍人=有岡女史なのだ!

イカれた軍人が見たいからベトナム戦争映画を見る。
有岡女史が見たいからAVを見る。
この2つになんの違いがあろうことか?

早速この3本のベトナム戦争映画に、私の数少ないライブラリーの中からアダルトVR作品を当てはめてみよう。

まずは①のフルメタル・ジャケット。
断言しよう!フルメタル・ジャケットが好きだって人を100人集めて、『フルメタル・ジャケットの魅力は?』と、アンケートを取ったら80人はハートマン軍曹と答える!
残りの20人はなんかわかったつもりになっている、いか好かないヤツなので付き合いを考えるべきだ。
それほどまでにハートマン軍曹は魅力的なのだ。
『気に入った 家に来て妹をFUCKしていいぞ』なんてセリフは死ぬまでに一度は言ってみたいものである。
そんなステキなハートマン軍曹であるが物語の途中で、微笑みデブ二等兵に見事にぶっ殺されてご退場となる。
そうなると後は惰性でしかないので私はそっと再生止めるのだ。

これをアダルトVR作品に当てはめるとなれば、オムニバス作品になる。
私のライブラリーであれば、『泥●して帰ってきた姉の乱れた姿を前に欲情した弟の近親相姦』であろう。
3人の女優さんが出演しているのだが、私は有岡女史のパートさえ見られれば満足できる。
まさに、この作品の有岡女史はハートマン軍曹なのである。

続いて、②の地獄の黙示録。
断言しよう!地獄の黙示録が好きだって人を100人集めて、『地獄の黙示録の魅力は?』と、アンケートを取ったら90人はキルゴア中佐と答える!
残りの10人はなんかわかったつもりになっている、いか好かないヤツなので付き合いを考えるべきだ。
役名すら覚えてないマーロン・ブランドや、マーティン・シーンがなんかダラダラとテツガクテキなのかケイジジョウテキなのか、あまり頭のよろしくない私には理解が及ばない話をウダウダと3時間くらいやっているのが地獄の黙示録って映画だ。
そんなのをねぇ、おもしろいって言ってる人とは僕はねぇ、仲良くなれませんよ!

そんなダラダラウダウダしてる長くて退屈な映画、地獄の黙示録のDVDを私は、『劇場公開版』『特別完全版』『ファイナル・カット版』とすべて所有している。
それもこれもすべてはキルゴア中佐を見るためだ。
3時間もある映画の中で15分くらいしか出番のないキルゴア中佐を見るためにだ。

キルゴア中佐のなにがいいって、まず名前がいい。
キルでゴアなのだ!殺して血まみれ!
更にだ。キルゴア中佐の口から発せられる景気のいいセリフのすべてが名言なのである。
『朝のナパームの匂いは格別だ。昔12時間ブッ続けで丘を爆撃してな、その跡を散歩したが死体は1つも転がっていなかった。そこら中にガソリンの匂いがした。勝利の匂いだ。』
などと景気がいいがイカれた発言をし、映画名セリフベスト100で見事12位を受賞したらしい。
ちなみに、私のお気に入りは
『ベトコンはサーフィンをしないだろ!』
である。

これをアダルトVR作品に当てはめるとなれば、またもやオムニバス作品になる。
私のライブラリーから厳選すると、『フェラ顔でヌキたい人へ』であろう。
15分程度の出番で強力な印象を残す有岡女史は、まさにキルゴア中佐なのだ。

余命いくばくもない祖父が、
『有岡女史の顔面特化を見るまでは死んでも死にきれない』
と、申しております。
スズタケ先生に陰腹を切った上に、有岡一族からの進退を掛けて上申致します。
祖父のためにも、有岡女史の顔面特化を見せていただけませんでしょうか?

さて、いよいよラスト③のランボーである。
ご存知、シルベスター・スタローンの不朽の名作である。
この日本では、アーノルド・シュワルツェネッガー派が多いようであるが、私は圧倒的にスタローン派である。

諸君、諸君らに私は問いたい。
この2022年、圧倒的に筋肉不足ではないのかと!
確かにロック様ことドウェイン・ジョンソンがハリウッドで最も稼ぐ俳優になったりなんかしている。
私も彼がプロレスをしていた頃からのファンだ。
しかしだ。前述のスタローン、シュワルツェネッガーの2大筋肉に比べるとあまりにも知名度が低い。
この東洋の島国である日本のじい様、ばあ様ですらスタローン、シュワルツェネッガーは認知しているのに、ロック様のこの体たらく。
ガンバレー!ロック様?!もっと筋肉を!筋肉を下さい!

諸君、諸君らに私は問いたい。
この人はなんの話をしているのだろうと、お思いのことだろう。
私も自ら問いたい。お前はなんの話をしているのかと。

とにかくだ。私は2022年現在、絶滅の危機に瀕している、筋肉映画が好きなのだ。
中でもスタローンの筋肉映画が大好物なのだ。
赤の太ゴシックでSylvester Stalloneと大写しになっただけで、なんかこうグッとくるのだ。
ランボーのオープニングで赤の太ゴシックでSylvester Stalloneと大写しになっていたかどうかは記憶に定かではないが、オープニングでSylvester Stalloneの文字を見ただけで、なんかこうグッとくるのだ。

これと同じくらいなんかこうグッときたのが、玄関を開けたら
『おはよ、有岡みうだよ』って言われたときである。

そうだ。私にとって、スタローン=有岡女史なのだ!
イカれた軍人=有岡女史と前述したが、スタローンがイカれた軍人を演じるランボーは、そらもうハーレムもので出演者全員が有岡女史だったくらいのおみまいをおみまいしてくれているのだ。
そんな天国で見る夢のようなのは、ハリウッドからティム・バートン氏をお招きして、有岡“ウンパルンパ”みう女史をおみまいしていただくしかない。

と思ったものの、想像したらそれはそれでなんかイヤでした。

ランボーをアダルトVR作品に当てはめるとすれば、『天井特化アングルVR 〜ミウちゃんの国宝級のおっぱいを堪能せよ〜』であろう。
とことんスタローンの無双をおみまいするかのように、有岡無双をおみまいしてくれている。
そう、この天井特化の有岡女史はランボーなのだ。

ここまでベトナム戦争映画をアダルトVR作品になぞらえてわかったことがある。
私が映画でみたいのはあくまでも、役者さんが演じたキャラクターであり、役者さん本人ではないということだ。
リー・アーメイやロバート・デュヴァルじゃあなく、ハートマン軍曹、キルゴア中佐が見たいのだ。
スタローンじゃあなく、ランボーやロッキー、バーニーが見たいのだ。

ここで、かつて私がFANZAへ提出したのはいいが、文字制限1000文字を優に超えてしまった為に、思い切って途中で終わってみた感想文に加筆修正を加えたものを紹介させていただきたい。映画になぞらえることに挑戦したが大負けを喫していますが、ご容赦願いたい。

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の感想文である。

商品コメントでキャラクター設定から、プロット、細かなチャプター割りまで開示していくスタイル。
これには、『私達が一般的に想像し得る「AVレビュー」』なんかいらないぞ。という、制作者の明確な意思表示を私は感じ取りました。

その真正面からの挑戦状受け取った!
渾身のド真ん中へのストレートボールをバックスクリーンに叩き込んでやろうじゃあないか!

本作のような豪華なメンバーが集結した作品は、しばしばAV界のアベンジャーズなどと例えられる。
私にはその例えが甚だ見当違いに感じてならない。
いくら豪華なメンバーを集めたとしても、雇用機会均等法的な、全員で同じことを一通りローテーションするって、クソ演出をしている無個性なものをアベンジャーズだとは言い難い。
そんなものは、自動車のカタログや、レストランのメニューでも眺めているようなものだ。
ただ豪華なメンバーを集めればいい訳ではない。
強烈な個性のぶつかり合いによる化学変化がなければアベンジャーズとは言えないのだ。

では、本作はどうであろう?
私は本作にはアベンジャーズ足り得る可能性の種を充分に含んでいると確信している。
しかしだ。その種が芽吹き花を咲かせる為には、我々ユーザー側もそれ相応の覚悟を見せなければならない。

MCUのフェーズ1のある意味最終回である、アベンジャーズ(2012)はそれだけを見ても楽しめるようにできている。
だが、本当の意味で楽しむためにはそれぞれのヒーローのオリジンである単体映画を5本、前もって見ておく必要がある。
更に言うなれば、アイアンマン、ソー、キャプテン・アメリカのいわゆるBIG3を柱としたインフィニティ・サーガの集大成であるエンドゲーム(2019)で男の魂を震わす為には、21本の映画を見ることが必須なのだ。
上級者を自任するともなれば、TVシリーズも押える必要がある。
エージェント・オブ・シールド、エージェント・カーター、インヒューマンズ、デアデビル、ジェシカ・ジョーンズ、ルーク・ケイジ、アイアン・フィスト、ディフェンダーズ、パニッシャー、ランナウェイズ、クローク&ダガー。
キャップの『Avengers Assemble!』にアッセンブルするには、ここまでの覚悟が必要なのだ。

そんなことを言っても、本作はこれ1本の単独作であり、オリジンなんかない。
バカやろう!田中ねねさんのでてたヤツの話など今は関係なーい!

ここからが我々ユーザーの意地と根性と覚悟の見せどころである。
己の目と心、そして魂で探し出すのだ!
ご丁寧にキャラクター設定を教えてくれているのだ!
本作によく似たキャラクター設定の作品を探し出すのだ。

ここで注意しなければならないことがある。
我々がアベンジャーズでみたいのは、ロバート・ダウニーJRやクリス・エヴァンスではない。
アイアンマンでありトニー・スタークが見たいのだ。
キャプテン・アメリカでありスティーブ・ロジャースが見たいのだ。
たとえ、有岡女史の作品を見たからといっても、その有岡女史はなぞの女子大生のみうさんではないのだ。

これが非常に難しい。
AVを映画になぞらえることの困難さがここである。
私はたとえ、リーバイスのロゴマークのような拷問を受けたとしても、なぞの女子大生みうさんではなく有岡女史を見たいのだ!

ジャニタレとモデル上がりのアイドル女優かなんかが主演の少女マンガ原作の映画だったら、主演の俳優さん目当てで見るのがほとんどであろう。
しかしだ。今回アベンジャーズを選択したのは私自身なのだ。
屁理屈だろうがなんだろうが、着地点を示す責任が私にはある。

なぞの女子大生みうさん…
頭とオマタがゆるゆるの女子大生、みうさん…
いくらでもありますね。5本立てくらいでしゃれこめます。

さて諸君。見つけたか?見つけたらその作品をじっくり見ろ。
5日かけて見るんだ。
それから満を持していよいよ本作を見るんだ。
恐らく彼女たちは限りなくアベンジャーズになっていることだろう。

天才えなちはその名の通り、トニー・スタークだ。騒動の発端はえなちが引き起こしている。
強力な攻撃力を振り回す乙アリスさんはまさに、雷神ソーである。
メガネを外すと豹変するワイルドカードの吉根氏さんはハルクだ。
リーダーの有岡女史はもうキャプテン・アメリカいや、キャプテン・アリオカにしか見えない。
ニューヨークの42番通りで的確な指示をだす姿が重なり、有岡一族も思わずスタンディングオベーションである。
いつの日か、キャプテン・アリオカがアッセンブルを発するその時は、私も有岡一族の末席を汚す者として、両手いっぱいの尻子玉と共に、『いざ!有岡!』の心意気で馳せ参じる覚悟であります。

AVを映画になぞらえるのには、意地と根性と覚悟が必要なのである。

以上が、その感想文である。

やはり役者さんじゃあなく、役者さんが演じるキャラクターを見たいがやはりキーになっている。

ここで興味深いアンケート結果を紹介したい。
この時代に少々そぐわないかもしれないが、映画を選ぶ理由のアンケートの男女比である。
男性の1位は、好きなジャンルの映画だから。
それに対し女性の1位は、好きな役者さんがでているから。

そうである。私はAVを選ぶ際には、非常に女性的であるのだ。

だが、本当にそうなのであろうか?
確かに私は、有岡みう女史へ忠誠を誓っている身であり、推し事をよしとしない、このエロの参加者では異端である。
このエロにエントリーされる作品もほとんど見たことがない半端ものであるのも確かだ。
しかしだ。これは私だけに限った話なのだろうか?

ここからは、ぱちべえのアニキが2021年下半期のこのエロ後に発表した目から鱗の論文に重なる部分もあるが、AVにおいてやはり出演している女優さんは大きなファクターを占めることは否めない。
いくら好きなシチュエーション、プロット、ストーリーであろうとも、好みのタイプの女優さんじゃあなければどうしょうもないことは皆さんも経験がおありだろう。
人気女優さんで、スタイルもよくて美人さんなのになんだかねぇ?なんてパターンもよくある。
たとえ、現実では絶対に相手にしてもらえないような美人さんであったとしてもだ。
そうだ!女優さんの選択に関して我々は修羅と化さねばならないのだ!
新作を買ったはいいが、いかんともしがたく無理矢理テンションをあげてなんとかするような地獄はもう二度と味わいたくはないのだ!

私だけに限らず、AVは女優さんありきと断言しても過言ではないだろう。

結果、映画とAVには親和性がないと切り捨てていいのであろうか?
原稿用紙20枚以上書いておきながらそれでいいのだろうか?

そんなどん詰まりに私に大きなヒントをくれる映画スターが日本にいたのである。
世界を相手に戦える、日本を代表するスーパースター、ゴジラだ。
ゴジラ映画を見る理由は、ゴジラだからだ。それ以外になにがあろうか?
ゴジラが見たいからゴジラ映画を見る。
場合によっては、今回のゴジラはキングギドラがでるから。なんてこともあるが、結局は、ゴジラを代表とする怪獣を見たいから映画館に足を運んでいるのだ。
ゴジラありきなのだ。

しかしだ。ゴジラを見たいからといって2時間たっぷりゴジラが大暴れしていてもお客様は満足しない(それはそれで見たい気もするが)。
ゴジラをかっこよく、そしておっかなく見せるのが、ストーリーや、人間の役者の演技といった舞台装置、そしてそれを演出する監督の手腕なのだ。
ストーリーやシチュエーション、演出でゴジラの魅力を最大限に引き出すのだ。

なかなかどうして自分でも合点がいった。
そう、AV女優さんはゴジラであり、AVはゴジラ映画なのだ。

ゴジラとAVの親和性はこれだけではない。
リメイクの呪縛である。
ゴジラは新作がいくら公開されても、突き詰めると結局のところ、リメイクなのだ。
時代時代で多少の変化があったとしても、どうしてもリメイクになってしまう。

AVも同じだ。
プロットやシチュエーションで手を変え品を変えしつつも、この2022年なにをしようが、リメイクになってしまっているのは否めない。
たとえ、誰かがまったく新しい鉱脈を見つけて、それがヒットするとシリーズ化し、それどころか他のレーベルですら似たようなことを始めて鮮度は一瞬で失われてしまう。
場合によっては同じ女優さんが同じような作品に出ていることすらある。

否定的な話に聞こえるかもしれないが、私はそれを否定しているのではない。
どうしても同じようなものになりがちななかで、ゴジラをかっこよく、おっかなく見せる工夫をするように、女優さんをかわいく、えっちに見せるように心血を注いできたことこそが、ジャパニーズポルノの最大の武器だと私は思っている。

しかしだ。中には5つくらいのパターンを延々と使い回して、シリーズものを作っているクソつまらねぇ制作者もいる。

そんなヤツにはねぇ、僕は言ってやりますよ。おみまいしますよぉ?ビシーッと!
実際はねぇ、FANZAのレビューに書くから、言ってる訳じゃあないんだけどね。
レビュー書いたの。FANZAで。皮肉たっぷりに。そしたら反映されないの。
FANZAの判断なのか、メーカーの判断なのかわかんないけど、FANZAのレビューは言論統制が敷かれております。ご注意下さい。
ファシズムの台頭を君は感じないか?
ポイズン。(使い回し)

モザイクという最大の規制(AV新法なるやっかいなものもできたが)があるからこそ、アイデアで勝負し、女優さんの魅力を100%引き出すよう、場合によっては120%でも150%でも引き出そうとしている姿勢を感じると、私はなんかこうグッとくるのだ。
グッときたからには、白旗を上げて全面降伏をし、尻子玉を差し出すしか私にはできないのである。

次がゴジラに関するセクションの最後です。
ゴジラ映画を見る際に、一部のつまらない人間を除いてゴジラの背中のファスナーのことは気にしてはいけない。
CGI全盛の今、ファスナーなんかないけども形而上的な話でだ。
ファスナーの中には、ゴジラの骨格があり、内蔵があるだけなのだ。
ゴジラはゴジラであくまでもそういう存在なのだ。

ゴジラであるAV女優さんもまたしかり。
画面上の彼女達が全てだ。画面上でどすけべだと宣言するのであれば、どすけべなのだろう。わざわざ疑う必要もない。
たとえ、SNSなんかでAV女優も普通の女の子宣言をしていたとしても、それはそれ!これはこれ!の精神で立ち向かわなければならないのだ。

そう割り切るしかないのだ。
ゴジラだって誰かの都合で人類の味方だったり、敵だったりスタンスをコロコロ変えているのだ。

ここまで書いてやっと気が付いた。私は今まで間違っていた。
SNSでの交流や、実際会いに行ったことで自分の中での有岡女史のヴィジョンが勝手にでき上がってしまっている。
作中でそのヴィジョンが色濃く出ていると、アホみたいに喜んで鼻を垂らして尻子玉を差し出してきた。
しかもだ。1こ2こじゃあなく、ダースで尻子玉をおみまいしていたのだ。

なんというバカであろうか。
ゴジラはゴジラなのだ。色が濃いも薄いもないのだ。
あれもこれもそれも全部ひっくるめて有岡みう女史なのだ。
全てはそんな人は存在しないんだけど、有岡女史の中の人の引き出しに入っている有岡みうなのだ。
あれもこれもそれも、そっちじゃあなく、こっちの都合なのだ。

ゴジラになぞらえることによって、また有岡女史が私に真理をお教えしてくれきました。
ありがとうございます。これからも忠誠を尽くし倒します。

これで、AVはゴジラ映画、女優さんはゴジラ論が着地しました。
しかしだ。この論は大間違いをおかしている。

そもそもだ。この話は当初はアダルトVR作品をバック・トゥ・ザ・フューチャーになぞらえるがスタートだったはずだ。
それなのになんだよ!ゴジラって!なんの話だよ!全然ちげーよ!見当違いもいいとこだよ!
有岡女史になぞの感謝までしちゃってさ。もう、なんだよ!
いやね、書いてる途中で気づいたましたよ。
話がおかしな方向に進んでるって。でもね、引き戻せないじゃん?ここまで来てたらさ?

ここまで書いておいて今更だが、映画とAVは同列に並べられるものなのか?
優劣の話ではない。
同じ映像作品ではあるが似て非なるものである。
目的が違うのだ。

映画は見ることが目的だ。
見た後に、おもしろかった、つまらなかった、あそこがこうだともっとよかったのになんて語らったりもするが、見ることで完結する。

一方AVは見ることだけでは完結しない。
ながら作業をしながら見るものだ。目的の為の手段なのだ。
直接的な表現をすると、おなぬいといった目的の為のサポート手段としてAVを我々は視聴しているのだ。
言わば二刀流である。この点に関しては我々はショウヘイ・オオタニを優に超えるであろう。
更にだ。このエロ参加のアニキ達ともなれば、両目は映像を、手では×××を、その上頭ではレビュー用のプロットまで考えている。
ここまで来たら、ショウヘイ・オオタニは最早周回遅れである。

結局、AVに関する感想のおもしろかったは、いいおなぬいができたになり、つまらなかったは、ヌケなかったになる。
直接的なのだ。

有岡女史の作品の感想文提出がライフワークになりつつある私だが、他の方の有岡女史の作品のレビューを読むとさまざまだ。
私が高評価をしていたとしても、他の方は低評価の場合がある。その逆もまた然り。
刺さるか刺さらないかは人それぞれ、千差万別としか残念ながら言わざるを得ない。

さて、何度目かわからないがここまで長々と書いておきながら、人それぞれ、千差万別なんで残念ながら答えはでませんとは有岡一族の矜持にかけて言えはしない。

諸君、思い出していただきたい。
バック・トゥ・ザ・フューチャーを初めて見た日のことを。
デロリアンがタイムスリップするときの、炎の轍を。
OUT A TIMEのナンバープレートを。
CGIのおかげでどんな映像を見せられても驚かなくなってしまったが、もう一度思い出してほしい。
バック・トゥ・ザ・フューチャーのエフェクトでショックを受けた日のことを。

諸君、もう一つ思い出していただきたい。
アダルトVR作品を初めて見た日のことを。
女優さんの体温、髪の毛の柔らかさを実際に感じた時のことを。
ファントムセンスとかなんとかってどっかの誰かがそれっぽい名前をつけた感覚以上の感覚を。
今ではあれほど色濃く感じなくなってしまったあの感覚をもう一度思い出してほしい。

あれこそが、僕達の共通認識、バック・トゥ・ザ・フューチャーではなかろうか?
もう感じられなくなってしまったあの感覚を思い出す為に、我々はアダルトVR作品を追いかけ、バック・トゥ・ザ・フューチャーを繰り返し見るのだ。

結局、詭弁でしか答えがだせませんでしたが、これくらいで勘弁してください。